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 重要な主題に関する Paul C. Jong 師による説教

 

底なしの淵からの災厄



< 黙示録 第 9 章 1-21 節 >
第五の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、私は一つの星が天から地上に落ちるのを見た。その星には底知れぬ穴を開くかぎが与えられた。その星が、底知れぬ穴を開くと、穴から大きな炉の煙のような煙が立ち上り、太陽も空も、この穴の煙によって暗くなった。その煙の中から、いなごが地上に出て来た。彼らには、地のさそりの持つような力が与えられた。そして彼らは、地の草やすべての青草やすべての木には害を与えないで、ただ、額に神の印を押されていない人間にだけ害を加えるように言い渡された。しかし、人間を殺すことは許されず、ただ五か月の間苦しめることだけが許された。その与えた苦痛は、さそりが人を刺したときのような苦痛であった。その期間には、人々は死を求めるが、どうしても見いだせず、死を願うが、死が彼らから逃げて行くのである。そのいなごの形は、出陣の用意の整った馬に似ていた。頭に金の冠のようなものを着け、顔は人間の顔のようであった。また女の髪のような毛があり、歯は、ししの歯のようであった。また、鉄の胸当てのような胸当てを着け、その翼の音は、多くの馬に引かれた戦車が、戦いに馳せつけるときの響きのようであった。そのうえ彼らは、さそりのような尾と針とを持っており、尾には、五か月間人間に害を加える力があった。彼らは、底知れぬ所の御使いを王にいただいている。彼の名はヘブル語でアバドンといい、ギリシャ語でアポリュオンという。第一のわざわいは過ぎ去った。見よ。この後なお二つのわざわいが来る。

第六の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、私は神の前にある金の祭壇の四隅から出る声を聞いた。その声がラッパを持っている第六の御使いに言った。「大川ユーフラテスのほとりにつながれている四人の御使いを解き放せ。」すると、定められた時、日、月、年のために用意されていた四人の御使いが、人類の三分の一を殺すために解き放された。騎兵の軍勢の数は二億であった。私はその数を聞いた。私が幻の中で見た馬とそれに乗る人たちの様子はこうであった。騎兵は火のような赤、くすぶった青、燃える硫黄の色の胸当てを着けており、馬の頭は、ししの頭のようで、口からは火と煙と硫黄とが出ていた。これらの三つの災害、すなわち、彼らの口から出ている火と煙と硫黄とのために、人類の三分の一は殺された。馬の力はその口とその尾とにあって、その尾は蛇のようであり、それに頭があって、その頭で害を加えるのである。これらの災害によって殺されずに残った人々は、その手のわざを悔い改めないで、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木で造られた、見ることも聞くことも歩くこともできない偶像を拝み続け、その殺人や、魔術や、不品行や、盗みを悔い改めなかった。



釈義

第 1 節: 第五の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、私は一つの星が天から地上に落ちるのを見た。その星には底知れぬ穴を開くかぎが与えられた。

  神が御使いに底知れぬ穴の鍵をお与えになったというのは、地獄のように恐ろしい災害を人類の上にもたらすようお決めになったという意味です。

  底なしの穴 (bottmless pit) はまた深淵 (abyss) ともいい、底知れない深みを指しています。地上に生きる反キリスト、それに従う者たち、それに義人に敵対する者たちに苦しみをもたらされるために、神は底知れぬ穴を開かれます。底知れぬ穴を開く鍵は第五の御使いに与えられました。これは、地獄さながらのすさまじい災害です。

 

第 2 節: その星が、底知れぬ穴を開くと、穴から大きな炉の煙のような煙が立ち上り、太陽も空も、この穴の煙によって暗くなった。

  神が底知れぬ穴を開かれると、全世界が火山灰のような塵に満ち、闇の災いがもたらされます。この闇の災いは、暗闇を愛する者のためのものです。神は人間の上を照らす光の神であり、水と御霊の福音をすべての人々にお与えになります。この真理を信じる人々に神は救済の恵みをお与えになり、ご自分の明るい光の中で生きることをお許しになります。しかし、真理を受け入れない人々は、神の正しい報復を受けることになります。神は彼らのうえに闇の災いと公正な裁きとをもたらされるのです。

  人々は根本的に罪人として生まれるため、光よりは闇に生きることを好みます。ですから、主のお与えくださった水と御霊の福音を信じることを拒んだ者が神から闇の災いを与えられるのは、もっともなことなのです。

 

第 3 節: その煙の中から、いなごが地上に出て来た。彼らには、地のさそりの持つような力が与えられた。

  神は地上にサソリを送られて、本能から生じた考えによって神の真理に逆らった罪を罰されます。この蝗の災いは、サソリに刺されたような激しい痛みを与えるものです。ですから、この世の罪人はみな、神の真の愛を信じなければなりません。信じない人々は、神の愛を拒み敵対する罪がいかに大きな痛みを伴うものであるかをその身で知ることになるのです。

  神はこの地上に蝗を送られ、本能的な考えによって真理の神に敵対した人々に罪の報いをお与えになるのです。この罪の報いが、蝗の災害の苦しみなのです。

 

第 4 節: そして彼らは、地の草やすべての青草やすべての木には害を与えないで、ただ、額に神の印を押されていない人間にだけ害を加えるように言い渡された。

  神は、恐ろしい蝗の災害をもたらされるとき、ご自分が保護なさっている人々への慈悲をお忘れになりません。神はまた、自然を損なうことのないよう蝗に命じられます。

 

第 5 節: しかし、人間を殺すことは許されず、ただ五か月の間苦しめることだけが許された。その与えた苦痛は、さそりが人を刺したときのような苦痛であった。

  雅歌第 8 章 6 節で、神はご自分の愛と怒りについて、次のように語られます。「愛は死のように強く、ねたみはよみのように激しいからです。その炎は火の炎、すさまじい炎です。」同様に、この災いから、水と御霊の福音によって示された神の愛を拒絶した人々への罰がいかに恐ろしいものであるかがわかります。この災いは、五か月間人々を苦しめます。

 

第 6 節: その期間には、人々は死を求めるが、どうしても見いだせず、死を願うが、死が彼らから逃げて行くのである。

  蝗の災いが恐ろしい苦しみをもたらすために、人々は苦しんで生きるよりは死にたいと願うのですが、どんなに死にたくとも死ぬことができません。この災いは、人々が神を無視したためのものです。肉のいのちの終わりがすべての終わりであると考えて、彼らは生と死とを支配なさる神を無視しました。しかし神は、この蝗の災いによって、死さえもご自分の許しなくしては得られないものであることを示されます。

 

第 7-12 節: そのいなごの形は、出陣の用意の整った馬に似ていた。頭に金の冠のようなものを着け、顔は人間の顔のようであった。また女の髪のような毛があり、歯は、ししの歯のようであった。また、鉄の胸当てのような胸当てを着け、その翼の音は、多くの馬に引かれた戦車が、戦いに馳せつけるときの響きのようであった。そのうえ彼らは、さそりのような尾と針とを持っており、尾には、五か月間人間に害を加える力があった。彼らは、底知れぬ所の御使いを王にいただいている。彼の名はヘブル語でアバドンといい、ギリシャ語でアポリュオンという。第一のわざわいは過ぎ去った。見よ。この後なお二つのわざわいが来る。

  底知れぬ穴から来る蝗の尾には、人々を五か月間苦しめる力があります。見た目は女性のようですが、その蝗はきわめて恐ろしく残酷な生き物です。このことから、神よりも女性を追い求めた男たちの罪がいかに深いものであるかがわかります。サタンは人間を不品行に陥れ、そのような肉の欲情を人間の生活に深く植え込むことによって神から引き離そうとしていることを忘れてはなりません。

 

第 13-15 節: 第六の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、私は神の前にある金の祭壇の四隅から出る声を聞いた。その声がラッパを持っている第六の御使いに言った。「大川ユーフラテスのほとりにつながれている四人の御使いを解き放せ。」すると、定められた時、日、月、年のために用意されていた四人の御使いが、人類の三分の一を殺すために解き放された。

  神が人類のために長い間じっとお待ちだった罪の裁きがついに始まります。今こそはユーフラテス川で人類の三分の一を殺す戦争の災いの時なのです。

 

第 16 節: 騎兵の軍勢の数は二億であった。私はその数を聞いた。

  ここでは騎兵の軍勢の数が具体的に示されています。この戦争は現代の電子戦争のことです。人類の三分の一は戦争で殺されますが、生き残った人々は偶像を礼拝し続け、神に敵対し、罪を悔いることを拒みます。ここから、終わりの時に人々の心がその罪によっていかにかたくなになっているか分かります。

 

第 17 節: 私が幻の中で見た馬とそれに乗る人たちの様子はこうであった。騎兵は火のような赤、くすぶった青、燃える硫黄の色の胸当てを着けており、馬の頭は、ししの頭のようで、口からは火と煙と硫黄とが出ていた。

  使徒ヨハネが見たものは、戦車、戦闘機その他の近代兵器といった、二十一世紀の恐ろしい破壊的兵器です。

 

第 18-19 節: これらの三つの災害、すなわち、彼らの口から出ている火と煙と硫黄とのために、人類の三分の一は殺された。馬の力はその口とその尾とにあって、その尾は蛇のようであり、それに頭があって、その頭で害を加えるのである。

  近代兵器によって戦われる巨大な戦争が終わりの時に起こります。そして、人類の三分の一が、そうした兵器によってもたらされる火と煙と硫黄の災いによって死にます。

 

第 20 節: これらの災害によって殺されずに残った人々は、その手のわざを悔い改めないで、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木で造られた、見ることも聞くことも歩くこともできない偶像を拝み続け、

  こうした災いにもかかわらず、戦争を生き延びた人々は、それまで以上に偶像を拝み、その前に額ずき続けます。彼らは滅びる定めにあるからです。

 

第 21 節: その殺人や、魔術や、不品行や、盗みを悔い改めなかった。

  このことから、終わりの時には、人類は決して神の前に罪を悔い改めないことがわかります。神はこれらの罪人を裁かれますが、義人には新たな祝福された世界をお与えになります。

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